……あっ、いた! ヨーコぉ!
あ、あれ、マイケル……? あんたどうしたのよ、こんなとこまで来て!
それはこっちのセリフさ!
こんな夜遅くに一人で家を抜け出すなんてどうかしてる……ってゆうかボクを置いてくなよ!
べ、別にいいじゃん。遊びに来てるわけでもないんだし……
……はっ、ってゆうかあんた一人!? ま、まさかママたちも来てるとか!?
ボク一人だよ。だいじょうぶ、ママたちはもう寝た。こっそり出て来たんだ。だから安心して。
ほ、焦ったあ……いま見つかったら私、なに言いだすか自分でもわかんないよ……ホントにヤダ。
そうだよね、ヨーコさっき、マジで怒ってたもん。ボクでさえちょっと、怖かったよ。
……ごめん。マイケル耳いいんだもんね。おっきな声出しちゃって、びっくりしたよね。
へいき。隣んちのおばさんのデカくしゃみより、ずっとまし。
……………………
……パパのすかしっ屁が聞こえてくるほうが、よっぽどへこむよ。
……ふふ、あれくさいもんね。
いひひ、マジでくさい。ボク、鼻も利くからね。
え、まさかそれでここがわかったの? 私のにおいを辿ってきたとか?
さすがにそれは無理だよ。ホウキで飛んできたんだろ。そんなの警察犬にだって追えないよ……
……でもボクにはわかる。落ち込んだヨーコが行きそうなトコなんて、すぐにね。このコーナーをやるって聞いたとき、ヨーコはホントに喜んでたから、だったらここかなって。
そういうの、見てるんだ。
みてるに決まってる。ちっちゃいときから、ヨーコのことはずっとね。
んふふ、ありがと。
膝の上、行っていい?
いいよ、おいでマイケル。
やった! ここがしっくりくるんだ。
お気に入りよね。
うん、よかった。正直、機嫌悪くて口もきいてくれなかったら、どうしようかと思ってたんだ。
そんなことしないわ。あんたとケンカしたんじゃないんだし。
そうだけどさ。でもホント、おどろいたよ。ヨーコがあんなに怒るなんてね。
ママとパパの顔見た? 目ェ丸くしちゃってさ、あれはホントにびっくりしてたと思う。
……でしょうね。あんなに反抗したの、初めてだもん。私だってびっくりよ。ホント私、どうしちゃったんだろ。
ルイに言われたから? ちょっとの反抗も大事って。
違う。そんなの思い出しもしなかった。ただ、頭に来ただけ。
頭に来たんだ。
うん、頭に来た。私にはなんにもできやしないなんて、そんなのひどいもん。
テストの点だって悪くなかったし、放課後の進路相談で先生にも言われたから、ちょっとリュフヤベルクの編入のこと言ってみただけなのに、どうしてあんなに目くじら立てられなきゃいけないのよ。
悪くなかったの、テスト。
そうだよ、思ってたよりはね。
なのに魔女になったところで私はなんの役にも立てないとか、そんなの目指すなんてただの時間の無駄だとか、そんなことばっかり。いっくら興味がないったってフツーそんなこと言う? ひとが本気でなりたいもののこと、そんなに悪く言ってさ、なんかいいことあるのかなあ。
ほんとわかんないし、そんなの納得いくわけないじゃん!
まあ、そうだよなあ。
私はさぁ、ずっと言ってるんだよ、魔女になりたいって。実際、魔法だって得意だし、学校じゃ友達も先生もみんな賛成してくれてる……そんなのママだってわかってるのにさ、なのにどうして魔女って言うだけであんなに怒るの? 昔なんか、イタズラでもされた? それとも自分がなれなかったから?
おばあちゃん言ってたよ、ママには才能がなかったって、だから魔女が嫌いなのかなぁ。だとしたらそんなの八つ当たりじゃん。子供にそんなことするなんて最低だよね……
やめなよヨーコ、いくら頭に来たって、ママのことそんなふうに言うのはダメだよ……。
わかってるよ。わかってるんだけどぉ……でも私だってもういいかげん、うんざりだよぉ。
小学校出たらリュフヤベルク魔法学校に行きたかったのに、それだって諦めなきゃいけなかったんだよ。おばあちゃんに貰ったホウキだってこんなにうまく乗れるのに、一度だって褒めてくれたことなんてない。
ちっちゃいときから魔女になることだけが夢だったのに、わかってもらえないどころか口にも出しちゃいけないなんて、そんなのちょっとフツーじゃないぃぃ……私もう、やだよぉ……。
な、泣くよヨーコ……ボクまで悲しくなるだろ。
……泣いてない。ただ気分が悪い、ひたすら。
そ、それならまあ、いいけどさ……。
よくない。お腹もすいたし。
ごはんほとんど食べないうちに、部屋へ駆け込んじゃったもんね。
ママ、片づけちゃった? 私のごはん。
うん。仕方ないなあって、捨ててた。
もったいな! んじゃあパパは? あいかわらず知らんぷり?
まあそうだけど、でもヨーコが部屋に閉じ籠っちゃったあと、ママもちょっと言い過ぎじゃないかとは言ってた。
んで今は二人ともぐ~すか寝てると。
ボクが言ったんだ。ヨーコは宥めておきますから、って。
で、天井裏から部屋に入ったらもういなかった。
あんたこそどうしてたのよぉ。ママのお手伝い?
まあ、そうさ。仕方ないだろ。
あんたはなにも言わなかったの? ちょっと私にひどすぎるって。
ってゆうかあんたはどう思ってるのよ、私が魔女になりたいっていうこと、やっぱりよくないって思うわけ?
どうとも思ってないよ。そりゃまあボクはフツーに生きていきたい派だけど、もしヨーコが魔女になれるんだったらなればいいと思ってるし、仮になれなくたって、そのときはフツーに生きていけばいいし……
フツーはイヤなんだってば。私には魔法の才能があるのに、どうしてそれを活かしちゃいけないのよ。理由もなしに諦めて、チャンスを手放さなきゃいけない理由ってなに? ママは私をどうしたいわけ!?
だからさあ、危ないことをして欲しくないんだって。だからフツーにしててほしいってことだよ。さっきもそういってたじゃんか。ママはママなりに、ヨーコの将来を心配してるんだ。
してませんー、ただ気に入らないだけですぅー!
そんなことないって……
し て ま せ ん!
私にはわかるもん。ああもうほんとヤダ。自分の将来のことくらい自分で決めたい。ここに来たみんなみたいに……。
あいつらはいろいろ特別だと思うけど……
……私には無理ってコト?
そうは言わないけどさ。でもだよ? 仮にいま、リュフヤベルク魔法学校へ行けるとしたらヨーコは行く? このままおうち帰らないで、そんな遠くまで飛んでっちゃう?
今の今なんて無理よ。いろいろあるもん。そんなことできるわけないじゃん。
じゃあもし、明日ママがぜんぶ許してくれて、了解ずくになったら行く?
だから無理に決まってるじゃあん。そんなすぐにだなんて、こっちにだって心の準備っていうのが必要なんだから……
あいつらは行くよ。やりたいことがことがやれるんだったら、迷わずにやるだろうね。準備なんていらないよきっと。
え……
選ぶって、そういうことだとボクは思うよ。
本当にやりたいことを選ぶんだったらそれ以外は捨てるしかないし、あいつらはそれが出来たから魔女なんだ。おかしなヤツらばっかだったけど、覚悟っていうか、なんかそういう芯はあった。ヨーコだってそう思うだろ。
まあ、そうだけど……でも芯なら私にだってあると思う。魔女になりたいのは間違いなく本当だし、魔法だってホントに得意だし、覚悟だって……
覚悟?
あるもん、そういうの……ただちょっと、背中を押して欲しいってだけだよ。私ならやれるって、ママもパパも、そういってくれたら私だってきっと行くよ、リュフヤベルク……
……なのにどうして反対ばかりするのよ。私は凡人なんだからフツーになりなさいって、そんなことばっかり言われてるからどんどん自信なくなるんじゃん。
このままじゃ本当に魔女になんてなれないよ……。
どうなのかなあ。僕はどっちもどっちって気がするんだけど。
なによ、どういう意味?
だからさ、反対してる理由だよ。
ママたちは寂しいのかもよ? ヨーコが一人で遠くに行っちゃうなんてさ。それはヨーコの心の準備が必要ってことと、案外おんなじなんじゃないかなって思うけど。
だったらそう言えばいいじゃん。なのに役に立たないとか無駄だとか、頭ごなしに言うのはどうしてよ。素直じゃないなんて今さらいうような歳でもないんだし、そんなのおかしいわよ。
確かに。そこがボクにもわからない。
……あんたも寂しい? 私が一人でリュフヤベルク行ったら。
ついていくもん。
ペット禁止だったらどうするの?
ペットじゃない、家族だ! ヨーコこそひどいぞ。
……ごめん。ほんと、いやな気分ってうつるよね。病気みたい。
病気さ。イライラ病だ。早く治せよな、ヨーコらしくもない。
うん……。
…………………………………………
…………………………………………
………………………………私ね。
うん。
……私もね、出来ればフツーでいたいなって、いつも思ってるの。なんか特別っていう自覚もないし、特に目立ちたいってわけでもない。
っていうか、波風なんて起こしたくないし超平和主義だし、できるだけみんなとおんなじでいたいからね、だから学校じゃ絶対に魔法なんて使わないし、フツーの話をしてフツーに勉強してフツーに遊んでる。それがイヤだって思うようなこともない。
まあそうだね、悪くないと思うよ。
確かにね、悪くない。その点ではね、私も結局、ママたちと一緒なんだって思ってる。
普通にして安定した職について平和に生きて……私はそんなおうちにいてなに不自由なく育ったし、それはぜんぜん悪いことなんかじゃない……ううん、だからこそ幸せだったんだろうし、感謝だってしないといけないんだって思ってる。
だから実のところ、ママの言うことだって、少しはわかる。
少しねえ。
……でもだからって、自分の可能性を捨てなきゃならないっていうのも、ぜんぜん違うと思う。
可能性?
そうだよ、可能性。未来にはね、私にできること……ううん、私にしかできないことっていうのが必ずあって、私はきっとそれをやり遂げたいの。
なんて言えばいいのかわかんないんだけど、それがいつか目の前に現れたとき、なんにもできないで諦めなきゃいけなくなるのがイヤなのよ……。
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フツーにしてたい反面で、私はたぶん、それが怖いの。
可能性って、その人の責任でもあると思うし、それを果たせなかった時ぜったい私はこう思うわ。あのときに夢を諦めなければよかったって。こうなったのはあのときに反対してた人たちのせいなんだって、そんなふうに思いながら生きるなんて、私はそんなの、絶対に嫌なのよ……。
来たる時のためにやれることはなんでもその時にやっておきたいってことか。なんか適当にフワフワしたこと考えてるのかと思ってたけど、ヨーコもいろいろ難しいこと考えてるんだねえ。
考えてるよ……っていうかなにそれ、どういう意味?
えへへ、ごめんごめん。余計なことさ。でもわかった。どうして魔女になりたいのか、ボクにはしっかり伝わったよ。だったらヨーコこそ、ママたちにそういえばいいじゃんか。きっとわかってくれると思うけど、どうして言わなかったの?
それは無理なハナシよ。
え、どうしてさ。
だって、今わかったんだもん。自分でも、自分の言いたいことがようやく今、整理できたっていうか、ちょっとびっくり。
じゃけっきょく、今の今までフワッとしてたってことか。
そうじゃないけど……でもまあ、そういうことになるのか。
そりゃだめだよね。反対されても文句は言えないよ。 まあでもよかったじゃん。理由ってもんがはっきりしてさ。
うん、そうかもね。これでもう、わけもなくイラつかないで済むかもしれない。大声を出すより前に、これを言えばいいんだから……
……ありがとね、マイケル。話聞いてくれて。
いいってコト。これでママとも仲直りできるかな。
それはどうかしら。ただ気に入らないってだけだと、どんな理由も通用しないし。
そんなことないってば。
そう信じたいけどね。それよりあんた、どうやってここまで来たの? おうちから電車で二駅の距離よ、ここ。
知らない魔法使いがホウキに乗せてくれたよ。
えっ、ダメだよマイケル! 知らない人についてっちゃダメっていつも言ってるじゃん!
今日は特別! っていうかヨーコが悪い。それより機嫌なおった?
ぐぬぬ……まあ、おかげさまで、おおむね。
そっか、ならよかった! お代はビーフジャーキーでいいよ。なんかお腹すいちゃった。
あ、そうね、私もだ。じゃあ桟橋通りのコンビニ寄っていこう。ホウキなら10分かからないわ。
ゲート桟橋に行きたい。
じゃ、なにか買ってそこで食べよっか。
あ、いいねそれ! でもママたち起きてるかも。
いいのよ。少し心配かけておくくらいが。
なんかヨーコ、今日はいつになく反抗的だよね。
そうだろうか。こんなのフツーじゃない?
いやいや、なんかフツーじゃない……。
あ、あのレーザーが……